これが海軍の軍人に縁付いて、近頃相州の逗子に居ります。至って心の優しい婦人で、鮮しい刺身を進じょう、海の月を見に来い、と音信のたびに云うてくれます。この時と、一段思付いて、遠くもござらぬ、新橋駅から乗りました。が、夏の夜は短うて、最早や十時。この汽車は大船が乗換えでありましての、もっとも両三度は存じております。鎌倉、横須賀は、勤めにも参った事です――
 時に、乗込みましたのが、二等と云う縹色の濁った天鵝絨仕立、ずっと奥深い長い部屋で、何とやら陰気での、人も沢山は見えませいで、この方、乗りました砌には、早や新聞を顔に乗せて、長々と寝た人も見えました。
 入口の片隅に、フト燈の暗い影に、背屈まった和尚がござる! 鼠色の長頭巾、ト二尺ばかり頭を長う、肩にすんなりと垂を捌いて、墨染の法衣の袖を胸で捲いて、寂寞として踞った姿を見ました……

メディカル塾長が語る医学と歯学 医学用語辞典 [無料]